第168号 教育実習生のこと
【教育実習のこと】
県教育委員会の資料によると年々教員採用試験の受験者数が減少しています。長野県の高校教諭の採用においては、平成29年度の受験生が全教科で713名でしたが、翌年は646名、翌々年は605名と年々50名くらいずつ減っていき、今年度は476名とのことです。倍率は5倍程度を維持しているものの、教員志望者が徐々に減ってきており、教員という仕事の魅力を伝えていくことが必要だと感じています。
本校では、令和3年度5月から6月にかけて8名の教育実習生を受け入れました。文部科学省は、コロナ下での教育実習は大学の授業等で代替することができると定めていますが、二週間前からの健康観察をきちんと行って実習に臨んでもらいました。指導教諭のもとで皆さん一生懸命実習に励んでおり、校長室に来て授業について議論していく実習生も何人もいて私にとっても刺激的であり充実した時間でした。
校長通信に載せるメッセージを実習生に依頼したところ快く引き受けてくれました。それぞれが非常に冷静な目で的確な振り返りをしており、感心しきりです。良き先生になっていくことと思います。内容的な重なりがありますので、抜粋して掲載します。
(実習生 Aさん)
「私は、教育実習前にも生徒などに教える機会は何度かありましたが、実際の高校における教育とは全然違うな、という印象を持ちました。
塾や家庭教師などでは生徒の成績をいかにして上げるか、という目的を持ちながら進めていくのですが、高校教育においてはそれも重要な要素ではあるのでしょうが、生徒の興味や意欲、関心を引き出してあげることが大切になるということを実感しました。
そのためには授業では受動的な知識詰め込み型の教育ではなく、生徒が参加している実感を持てるような授業を作っていかなければならないのだと思います。そのようには思っていても、生徒の目線に立てていなかったり、知識を押し込むような授業展開となってしまったりとうまく授業ができず、難しいと感じました。
しかし、実習期間中では気づきもあり、授業もはじめのころに比べれば幾分かよくなったことを感じられました。自分の実感として少しは成長できたとも思えた実習でした。」
(実習生 Bさん)
「教育実習では大変お世話になりました。母校の教壇に立てたことを嬉しく思うと同時に、教師としての責任の重さを実感することができた実習期間でした。生徒の皆さんの熱心に取り組む姿にも励まされながら、本当に充実した日々を過ごすことができました。
私は、もともとコミュニケーションをとることや人前に立つことを苦手としていたこともあり、教育実習が始まる前は、自分にできるのかと不安な思いと緊張でいっぱいでした。
実際に教育実習が始まってみると、無意識に生徒との間に壁を作ってしまい自分自身苦しい思いもしましたし、最初の頃は声も小さく生徒の皆さんにはご迷惑をおかけしたことと思います。しかし、先生方の姿を見るうちに、また授業を重ねていくうちに、教師としてあるべき姿を強く意識できるようになり、次第に自信を持てるようになりました。
実習を通じて最も悩んだのが、どのような授業を作っていけばいいかということでした。私が目指していたのは、生徒が自ら考える中で教科・科目に興味・関心を持ってもらうことでしたが、実際には、正確に教えようとするほど、また進度通りに進めようとするほど、説明中心の授業になってしまったように思います。
授業を前に進めつつも随所に生徒の活動を用意すること、それが今の自分にとっての大きな課題であると感じました。実習中は、導入の工夫や発問の仕方、発問以外の生徒の活動など様々なことを試してみることができましたが、正直、思うようにいかないことの方が多かったです。
しかし、その中で自分が成長していくためのヒントを多く見つけることができましたし、実際に生徒と向き合う中で、様々な角度からアプローチすることの大切さも実感しました。
この実習で得た経験と課題を活かして、これからも生徒の活動を軸とした授業のあり方について自分なりに模索していければと思います。」
(他の実習生からの感想は以下からご覧ください。)
それぞれの言葉から教育実習という経験を通して、教師という職業の大変さとやりがいの一端を感じ、かつ、教師になる夢を叶えるためこれからも頑張っていきたいという決意が読み取れます。
教えるということは、知識を詰め込むことではなく、子どもたちの力を引き出したり、活動によって子どもたち同士の意見交換をすることでお互いの考えを深めたりする営みであることを、すでに感じ取っている教育実習生の若き感性は、きっとこれからの教育を作っていってくれるものと思います。
実習を終えた皆さんの今後の活躍を祈念しています。
(長野県の教員採用に関するページは以下からどうぞ)
https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/kyoiku/mezasu/index.html
(English version below)
According to the board of education, the number of applicants for teachers in public schools has been decreasing year after year, roughly by 50 for high school each year: 713 candidates in 2017, 646 in 2018, 605 in 2019, and 476 this year.
I think something should be done to make public substantially how fascinating, worthwhile and rewarding it is to work as a teacher.
Eight college students practiced teaching in our school for two to three weeks in May and June this year. Under the present situation of the virus, they could have had an alternative lesson for their teaching practice at college, but they all trained themselves at Fukashi as a student teacher with the proper health checks. Meanwhile, some came to my office to discuss education, which I enjoyed a lot.
I asked them to send me their feedback about the training at Fukashi when they finished their teaching. I put two of them on this page, and others in the attached file above.
Judging from what they wrote, you can see that they were happy to practice teaching at a school where they had once studied as a student. They somewhat realized what it was to be a teacher, challenging and rewarding.
I am happy to tell you that they have already realized that teaching does not mean to cram or stuff some knowledge into students, but means to draw out and derive something from what they have and to broaden their view, by exchanging ideas with others in the lesson. I am sure that someone like those here will bring about an ideal change in the Japanese education. I wish them good luck for their future.